シニア層が「でかけなくなる」理由

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Iさん(女性)が久しぶりにいらした。
「私、定年になったの。定年間近はいろいろ忙しくてこれなかったのよ」

「おめでとうございます!じゃあ、これからいろいろ遊べて楽しみですね!」という私に

「いえ、私、働きづめだったらちょっと疲れちゃって。
疲れたから、当面はゆっくり休むわ。インターネットも習いたいし。」

「それにね、遊ぶということは、お金が出ていくばっかりでしょ。そうも遊んでられないわよ」

シニアと引きこもりという社会問題

シニア層・高齢者層が引きこもってしまう、ということが社会問題になっている。
一時期ほど派手に取り上げられているわけではないが
じわじわと、大きな社会問題になることは想像に難くない。

毎年、何件もこの社会問題を解決したいという企業の方にお会いするし
引きこもりがちなシニア層の生活調査を何度かしたことがある。

そこで浮かび上がる、私たちが「引きこもる」と見ていた姿は

「出かける理由がない」「出かけるのが面倒」「出かけるのが怖い」

というものだった。

出かける理由がない

仕事は、行かねばならぬ。

では、暑い、今日に、外に出かける理由はあるのか?
用があるが、緊急ではないから明日にしよう、
行かないという自由を得られたのだし。

と、出かけることがだんだん、本人も気づかないうちに少なくなり
気づくと、「出かけないのが普通」になる。

知らないうちに「出かけることは、勇気がいること」となり、
でかけなくなる。

「引きこもっちゃダメ」と言われても
「出かける理由がない」のだから、別に本人たちは引きこもっているつもりはない。

そのため、週に2回、小学校の校庭で監視のバイトをしているHさんのように、
用があれば出かける。その用を、積極的に作ることをしないだけで。

出かけるのが面倒

75歳過ぎたあたりからこのセリフが出る。
その原因は、体の不調だ。

杖をつかなければいけない。
皆の歩調に合わせられない。
人込みが苦手。
今日歩くと明日疲れて何もできなくなってしまう。

このように感じると、出かけるのが面倒になってきてしまう。

その代り、出かけることが嫌いではないので体に負担をかけない状態
(行き返りタクシー、もしくは、送ってくれる人がいる)であれば
出かけることも多い。

Eさんは、イベントの時にはタクシーを飛ばして必ず参加する。
だが、日常的に出かけるのは「面倒」なので、出ないようにしているそうだ。

出かけることが怖い

今までは超活動的であったのにもかかわらず、
ご自身が大病をした結果
「出先で何かあったら、子どもたちに迷惑がかかる」と、
遠出することを怖がるようになる層がある。

「本当は出かけたいんだけどね、何かあったら怖いでしょ」

この層は特に女性に多く、
人、特に息子に迷惑をかけたくないという思いが強いようだ。

男性は「まあ、子どもがどうにかするだろう」と楽観的なのに対し
女性は「子どもに迷惑をかけたくない」(かけるのが嫌、ではない)
というはっきりした意思の元に、行く場所が保守的になり、新しい場所にはいかなくなる。
(中には、入院期間を「充電期間」と思い、その後はばたく人もいるが…)

Sさんは、手を骨折して息子に迷惑をかけてから
「もう年だし、どこかでかけて、何かあったら迷惑をかけてしまうのは息子だから」
出かけるのが怖くなったという。

どの層にフォーカスするか?

ここ数年、「シニア層の引きこもり対策として」などという相談をよく受けるようになったが、
どのタイプの引きこもりなのかによってアプローチ方法は違うし、
正直、「引きこもっていること」に申し訳なさや苦痛を感じて引きこもっているわけではない場合が多い。

だから、ワカモノが上から目線で(?)
「出てらっしゃい」といっても、誰にも、何も、伝わらない。

なぜ、外に出て来てほしいのか。
医療費の問題もある。
子どもたちに、年をとっても楽しそうだと思ってほしい、日本の未来を描いてほしいという気持ちもある。

その、「なぜ」を自分の中に認識せずに
「出ること」=いいこと
とやっても、多分、誰も出てこない。

私自身も、どんどん外に出てほしいと思っている。
特に、この暑さで家から出ない人が増えてしまう。
その人たちが「行きたくなる」モチベーションを作り出すのも事業者側の使命だと思っている。