パターンを提供しよう

サザエさんの街サザエさんの街 / Kentaro Ohno

昔、ブラウン管テレビは、調子が悪くなると「叩くもの」であった。
調子が悪い原因は解らなくても、叩くものだった。

先日もOさん(65歳男性)に言われた。
「パソコンは叩いても、良くならないよね?難しい機械だね。昔の機械は簡単だったね」

原因が不明なほうが難しい機械な気がするのだが、
「叩く」という単純な修理パターンは、
「簡単」と受け入れられているようである。

多分、思うに、多くの人は、
原因が知りたいのではなく、治る方法が知りたいのだ。

何かあれば、叩けばいい。
叩いてもだめなら、叩く角度を変えればいい。
理由はいろいろあるだろう。とりあえず、叩いとけ。
「叩く」という単純なパターンで困った事を回避できる=かんたん なのである。

パターンを覚えたい

「何か出てきたら、ハイを押せばいいの?」

「こういうメッセージが出てきたら、×をクリックすればいいの?」

「検索結果の上から3番目までは広告なの?」

弊社が運営するパソコン教室では、いつもこのような質問が飛び交う。

とにかく、シニア層は、「パターン」で覚えようとする人が多い。

シニア層のメモを見せていただくと、
○○の次に〇〇をする というようなパターンがいくつも書かれている。
パターンが沢山ありすぎて、どれがどのときに使うのか混乱するほどだ。

パターンを覚えて、繰り返し行うことは、
入門としては非常に重要だ。

素振りみたいなもので、何度も繰り返し基本をやる必要がある。
それができるようになったら、少しずつ応用が利くようになる。

しかし、子ども/若者の場合、自然に応用をきかせるようになるが
大人の場合は、そのパターンからはみ出ようとしない場合が多い。

子ども/若者にとって、新しいパターンは面白いことであり、挑戦対象だが
年を取ると「新パターンを覚えなくてはいけない」ストレスに変わってしまうのだ。

だから、困った時にパターンで覚えられて
そのパターンが単純であればあるほど、シニア層は安心する。

パターンで覚えてもらおう、パターンを提供しよう

多くの人にとって、慣れないものに対し、
「文脈によって反応動作を変える」というのは、とても難しいことだ。

そして、歳をとればとるほど、応用が利きにくくなる気がする。

だから、応用をきかせることをユーザーに求めるのではなく、
事象をパターンで覚えてもらえば、ユーザーにとっては楽なのだ。

こういう時は、こうすればいい。
そう提供すれば、シニア層も利用にプレッシャーを感じない。

最近、単機能家電がシニア層に受けているが、
単機能家電は、パターンを覚えなくていいという点で
プレッシャーを感じないから受け入れられやすいのではないだろうか。

シニア層がパソコンやスマートフォンを難しいというとき、
いろいろなやり方があったり、抜け道があったり、裏通りがあったりすると
むずかしいと感じているような気がする。
つまり、彼らは、覚えなくてはいけないパターンが多いときに
難しいと感じているのではないかと思っている。

だから、もし、大人に「簡単だ」と思わせたいなら
パターン化できるようにすることが必要なのではないかと思う。

一方、応用をきかせる力がなくなってしまうのではないか、
単純にすることは人の応用力を奪うのではないか、と、ふと、思うことがある。

しかし、慣れて応用したいと思ったらその人ががんばればいい話、
慣れる前に応用編を与えて、相手をもうやりたくない!と思わせちゃだめだよね。と、自分に言い聞かせている。

本年もいろいろ模索しながら、シニア層とかんたんと使いやすさと
希望あるわくわくな高齢化社会に向けた施策を探究してまいります。
どうぞよろしくお願いいたします。