「必要がない」という情報スルー力に対応する

PH179_037
「使ってどうするの?」
「それは、私興味ない」

年を取るにつれて
人は興味を持てないことが増えていくような気がする。

現在のシニア層は違うと言っても
若い人(外に出て色々な人と会っている人)とは
情報源の多様さが違うので
自分の知っている範囲にしか出かけようとしない。

先日、とあるイベントに教室の生徒さんと一緒に行った時に
「こんな楽しいイベントがあるならまた誘ってね!」

と喜んでいただけた。

その方は、「新しいこと・楽しいこと」が大好きなのだ

だが、すこし、考えてみる。
このイベント、東京の色々な所で広告を打っていた。
彼女たちも知っていた。

しかし、誘われるまで行こうと思っていなかった。
誘うまで、まったく興味が無かった、と仰っていた。

「私には必要のない情報である」と認識していた。

誘って興味を持っていただけたのは
私が「楽しい!!!」と太鼓判を押したからだ。

「見た」だけでは興味を持てない

今どきのシニア層は心も若くていろいろなものに興味を持つという。

実際は、現在のシニア層は色々なことに興味を持つが
それがどんな感じなのかとしっかりイメージできるか
もしくは、誰か楽しい人に引っ張り出してもらわない限り

「新しそうな世界」には出てこない。

「自分には関係ないから、使う必要が無い」のだ。

まだ、理想のシニア層と現実のシニア層にはギャップがある。

先日であったシニアの話

先日乗ったタクシーの運転手さんの話。
年齢は話の内容から60歳代後半かなと思う。

携帯電話は持っているが、通話のみ。
メールは時折するが、簡単な返信のみ。

電車でどこか遠くに行くときは
孫に電話して調べてもらう。

「孫が喜んでしらべてくれるからね、嬉しいんだよ」

「パソコンは使わないんですか?」
という私の質問に

「ああ、いつか使おうと思ってね。パソコン買ってあるんだよ。
インターネットもやろうと思って、一緒に買って2年間一回も使ってない。
でもね、つかわなくちゃね。新聞広告に載っているパソコン教材、
ずっと見てるんだけど、なんとなくまだ買いに行けなくてね。」

「結局、必要性を感じてないんだよ。」

その一言に尽きるのかもしれないと、
私はその運転手さんと話しながら思った。

必要がなければ、手には取らない。
情報は、どんどんスルーされていく。

必要が無いという情報スルー力

自分には必要がない、ということは、現代的なスルー力である。
世の中には情報が溢れていて
モノも溢れていて、
そして、今の生活には困っていない以上
「自分には必要ない」も溢れている。

必要ないとスルーしている層に届けるには
・情報が入りやすいように、情報構造を考える
・困っていることを可視化し、「自分のことである」と認識させる
・情報を発する人を選ぶ

のが必要なのである。