インターネット普及率から見る市場浸透の世代差と対策

シニア層は新製品の購入スピードが遅い。
実際に「新しいもの」に対する市場浸透が
どのくらいのスピードなのかを調べてみた。

利用したのは「通信利用動向調査」
データは世帯構成員編の「過去1年間のインターネットの利用経験(無回答除く全員)」を利用した。

インターネットの利用率

インターネットの利用率については、70歳以上以外はほぼ横ばいで、それぞれきれいな階層となっている。
(2007年、2008年に一時利用率が減少したが、その原因は不明。)



※20~40歳代までの利用率はほぼ同一のため、40歳代からのグラフに加工。

40歳代のインターネット普及率を追いかけるような50歳代の数字。

脂ののっている40歳代と、トレンドについていくのが難しくなったが
頑張っている50歳代の姿が目に浮かぶ。

しかし、その差から少し離れて60歳代、70歳代が続く。
年代差による利用率の差の平均は

40歳代と50歳代の差 -15.0
50歳代と60歳前半の差 -17.6
60歳前半と60歳後半の差 -16.9
60歳後半と70歳代の差 -14.3

となっており、50歳代と60歳代前半の差が最も大きい。
年ごとの数値を辿ると、他の世代よりも数値の変動が少ない。
つまり、50歳代と60歳代前半の数値の差には何かある。

現役か、定年退職か。

このことは、何を示唆しているのだろうか。
全体的に使う人が増えていることも勘案すると、
会社員時代に使っていた人がやめている人もいるということが解る。

以前行ったヒアリング調査では、
「定年退職をしたらインターネットはしない。あれは、仕事だから。
仕事中に遊びで見ることはあったけど、家にまで引く必要はないと感じた」

「仕事でするときは、ちょこっと調べなくちゃいけなかったけど、
定年退職したら別に必要ないし、連絡は携帯メールでいいし。」

という意見が何度か聞かれました。

・定年退職をすることにより、(もしくは職場が年代差が薄い場所に異動になる)
 ・情報に対して鈍感になる
   →「知らないんですか?」的な強迫観念から逃れられるため、
    情報を自ら得ようとしない
 ・「不要」と感じられるものを使わない
   →義務がないから必要ない。
    必要ないからやらないと、「必要」のハードルが上がる

会社員時代はインターネットを使って、PCを使ってというのは
「義務」だったから使っていたものの、定年退職をしたことにより、
「義務」から解放され、やらないことを選択する。

がんばりたくない。
無くても生きていける。
情報は余るほどにあるし、ネットで新しくお友達を作りたいとも思わないし。
買い物も近くに車で行けるからいい。

普及率の差の裏には「働かなくなること」によって、
異世代(異文化)の交流がなくなり、
頑張らなくていいことに流されてしまうということが挙げられる。

さらに、お友達という「同質」の人と付き合えば
新しい情報に振り回されることもない。

楽な方向に進むのであれば、インターネットは必要ないし、
その「気持ち」が50歳代と60歳代の差に表れているのではないかと思う。

必要か、無駄か。

インターネットは必要ない。
色々なものが必要ない。

では、本当に必要なものってなんだろう?と思う。

「そんなのは私に必要ないし」
と仰るシニアは多い。

不必要なものにはお金を払いたくないという。
「年金暮らしだしね」

その割にはエンターテイメントに貢いだりもする。

そのシニア層たちがiPadを嬉しそうな目で見ている。
たぶん、あの機械は「必要・不必要」を超えた軸を持っているのではないだろうか。

必要か、不必要か、という軸でとらえていたら、いつまでも受け入れてもらえない。

パソコンがこんなに普及したのに
シニア層ではまだ普及率が高くないのも(65歳以上で27.3%)
「必要、不必要」の軸でとらえられてしまっているからだろう。

これから新しい商品をシニア層に導入したいなら
「必要、不必要」の軸ではなく、
「楽しい無駄か、楽しくない無駄か」という軸を
用意したらいいのではないかと思う。

心、生活の無駄をもっと楽しむ、受け入れる社会で
あってもいいのではないかなーと思う。

「お母さんには必要ないから」「無駄だから」と
親の成長を止めてしまい、引きこもりをさせる社会ではなく、
無駄かもしれないけど、やってみる気持ちは無駄じゃないよと
無駄を楽しむ社会であれば
もっとシニア社会、高齢化社会、
そして、自分たちの未来は明るいかもしれない。

と思った。