シルバー層の口癖・消費の底力

70歳を過ぎると「死んでお金を持っていても仕方ないから使っちゃうわよ」という方が増える。
「死ぬ」
この、ネガティブキーワードは遊ぶための、である。

私には経験がないからわかりませんが、
死の淵から這い上がってきた人は、遊び方が精力的だ。
また、周りの方が亡くなって、次は自分の番かもしれないという恐怖感、「怖い」を忘れるために遊ぶ。
若者にはわからない世界だといつも思う。

先日、ある生徒さんがだんなさんの先が長くないと宣告されたと落ち込んでいた。
周りの人が「私もよ」「でも、いずれは来るんだから、自分はしっかりしなくちゃ」と励ました。

それで落ち込みが解消できるわけじゃないけど、その怖さを感じないために遊ぶと言うのはありだと思う。
若い世代が言う「死ぬほど働く」とは違う趣を持つ、「切羽詰った」感と「最後の青春」この二つの意味を持つ「死ぬ」という言葉は、本当に凄い。
いいものには、惜しげなくお金を費やすのだ。

旅行も、良い所に泊まりまくるのだ。
「だって、どうせ、何回も行けないからいいとこ、行きたいじゃない?」

シルバー層は元気だ。
昔、ぶいぶい言わせていたほど体力的にはついていかない。
でも、元気時代にできなかったこと、高度成長期にバリバリ働いてきた反動が、今出てきている。

シルバー層はむちゃくちゃ元気だ。
週に2回マージャンにいっている70歳以上の方を何人も見ている。
スイミングスクールに通う方も沢山いらっしゃる。

「ボケたくないのよね、死ぬ時にはコロリと死にたいから」

「死に際」を考えた健康、旅行、遊び、ボケ。
それはシルバー市場を考えるときのキーワードとなる。
決して「死ぬ」はネガティブキーワードではなく底力なのだ。

どうせ皆死ぬんです。いずれは。
若いうちは意識できないだけで。

でも、どうせ死ぬんだったら、最後まで笑って死にたいじゃない?
「遣り残した」って思いたくないから。
だから、シルバーは元気なのです。
笑いながら死ぬ。「介護」は受けたくない。

高度成長期を引っ張ってきたものとして、それを自負している者として
最後まで、ガンガンでいたい。

シルバー層にプラズマテレビが受けたり、高価なパソコンが受けたりする理由はそこにある。

若い方たちは「機能が使えれば」と言いますが
シルバー層は「高くてもいいものを。」
どちらが市場として、面白いですか?

アクティブシニア・シルバーがストレス無くウェブサイトを利用できるユーザビリティを

(2004年3月31日)