モノガタリズムであるということ

最近、モノを語れる人が少なくなった熱く語る!っていうのじゃなくてただ、伝授する、そこにストーリーを埋め込むということ。

人は物語が好きだ。物語は後世に伝わるし、人の口をつたって次に行くが、モノは壊れたら終わりだ。伝わるのは物語だけ

歴史を漫画本で読んだほうが流れが理解できるのも、けったいな教科書を読むよりはイメージとして、人が生きてきた物語として歴史を認識できるから。

物語とは、そうやって流れていくものだ。

 

最近のウェブや企業、サービスには物語がない。

物語の前提となるのは熱い気持ちだ。もしくは、愛だ

ポストイットの物語も今は製品が普通に歩いているが、最初に出てきたのは物語だ。

物語を創るにはどんな人が、どんなところでどういう風に使ったか、編み出したかを語ればよい。

一人一人が物語り生産隊で実は、どの企業のどのサービスにも物語があるのに、なぜか周りとの格好付けの部分だけが先行してしまい広告やサービスを通して人の温かみがない。

確かにかっこいいものを作るのは簡単だ。そういうものが受け入れられる時代もあるだろう

しかし、今はすでにそうではない

これからは物語作りが重要になる。

物語に気付く力が、企業力になるだろう。そして、その物語に消費者を関わらせた瞬間に最高の強い企業になるだろう。参照「物語を売れ」機能面だけの充実ではユーザビリティとはいえません。

(2003年4月8日)