カカワリズム その2

カカワリは参加ではない。うそ臭い参加の要請もいけない相手にへりくだってもいけない。

カカワリズムにおいては立場は対等であって、かつ、緩やかな結合でなくてはいけない。緩やかな結合。何度も使うこの言葉。

カカワリ参加、同じ様にみえて違う。

カカワリというのは好き・嫌い関係なく、緩やかに関わっているのだ。例えばとなりのみーちゃんが、突然モーニング娘。に抜擢されたら、それはカカワリズムなのだ。好き・嫌いにかかわり無く。

参加と言うのは熱い気持ちだ。読者参加は一種のカカワリズムであるけど、オペレーションを間違うと悲惨な事になる。「嫌いになってしまう」1か0しかない。緩やかでないから、離れる時はサヨウナラ。

ただし、参加してもらった時は強烈なカカワリが生ずる。「これは、私である。」「これは、私が関わった商品である。」しかし、強烈な思いがあれば、覚める時もある

以前Dという読者参加型サービスを利用してイロイロ意見をしていた。しかし、或る日、来るメールに商業的な匂いを感じた。そうすると、カカワリは外れる。「うるさい」と、思ってしまう。すでに、それは、私のものじゃない、カカワリのホックが消えた瞬間にそれはカカワリズムが消滅してしまう。▼カカワリ。▼友人の勤めている企業は巨大なコミュニティーサイトだ。読者が会社の経営方針、中のサービスにも勝手に「関わってくる」

「関わってください」でうまれるカカワリズムは無い。それは酸素と水素みたいに緩やかに集ってしまって結合してしまうそういうふつー、がカカワリズム。

だから、あくまでも主導は企業。もし、企業にかかわりをもって欲しいと思うなら。そして、それをゆるく行う

何故か。

ユーザーは責任を持つのは嫌いだからカカワリが重荷になってはカカワリズムではない

パソカレッジは強烈なカカワリズムだ。生徒さんから「家族みたい」とか「帰ってこれる場所」となる。うちが家族として素敵なのは、ゆるい結合だから。

「先払いでん十ヶ月分払ってきなさい」きつい縛りではないから。家族で門限があると、人は一人暮らしをしたくなる。緩やかな結合は、緩やかな、しばりだ。

ユーザーは強くない。企業の手の中でゆるく結合しているだけだだから、メーカーはユーザーに全てをまるなげしてはいけない。ゆるく結合と言うのは、お互いのゆるい電子の振動なのだ。

そしてかかわりはモノガタリの道へと続く。

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